ども宇佐美です。 少し間が空きましたが、

6/6に書きました国際興業を巡る小佐野家の御家騒動問題の続報です。

 

19
まず簡単に復習しますと、もともと国際興業という会社は田中角栄の刎頚の友でロッキード事件の黒幕とも囁かれた小佐野賢治氏が創業した、ホテル、バス、旅行、不動産、運輸、流通、商社を幅広く手がけるコングロマリットです。富士屋ホテルや国際興業バスなどを通じて皆さんも生活の中でその会社名を一度は耳にしたことがあると思います。 

http://www.kokusaikogyo.co.jp/about/history/

そんな国際興業ですが、現在二代目総帥であった故・小佐野政邦氏の一族(原告)と、三代目現総帥の小佐野隆正氏(被告)の間で612億円超の損害賠償請求訴訟が繰り広げられており、我が国史上最大規模の御家騒動を展開しています。。。原因についてはシンプルに言えば、

 

「国際興業が2004年に経営危機に陥りサーベラスの資本を受け入れる際に、隆正氏が国際興業の最大株主であった政邦一族を様々な嘘で脅し上げ、無償で無理矢理株を手放させて追放したから」

 

なのですが、その辺の詳細な経緯は前回の記事を参照してください。 今回のテーマは、小佐野隆正氏が親族だけではなく、実は従業員に対しても重大な裏切りを行っていたことと、さらに訴訟を提起された後は開き直って更なる国際興業の私物化を進めようとしていることが明らかになってきていることから、その背景も含めご説明したいと思います。
 

なお前回は友人であり、政邦一族をまとめる小佐野匠に肩入れしつつも、なるべく第三者的に書くようにしたつもりではあるのですが、今回は私自身部外者ながら隆正氏に対する憤りが抑えられず多少書きぶりが荒くなっていますのでご容赦ください。 

 

. 労働組合とサーベラスの分断を画策した小佐野隆正

 

さて小佐野隆正氏が国際興業から政邦一族を追放し乗っ取った後にしたことは「社内分断による保身と自身への利益誘導」の一言に尽きます。(以後事実関係については敬称略)

 

前述の通り隆正はサーベラスからの資本受け入れの機会をうまく利用して国際興業の株主から政邦一族や創業者夫人の小佐野英子氏らの追放を実現したわけで、その時はある意味で隆正にとってサーベラスは味方でした。しかし、いざサーベラスが経営権を奪取すると今度は隆正にとってサーベラスは会社の私物化のために争うべき敵となり、ことごとく対立します。

 

具体的には隆正は、国際興業の上場策への妨害工作、サーベラスから派遣された役員に対する500億円超の損害賠償請求訴訟の提起、労働組合を利用した社内撹乱などの手を打っていきます。前二者については前回の記事でも説明しましたので、ここでは3点目の「労働組合を利用した社内撹乱」について重点的に述べます

 

41


まずサーベラス管理下の隆正の心境を推測しますと、どうやら隆正は国際興業がサーベラスの管理下に置かれた直後から、自分が政邦一族を追い出したように、自身が不要と思われ、多数株主であるサーベラスに追放されることを恐れたようです。当初35%、途中からは45%持っていたとはいえ少数株主ですし、ましてや自分が政邦一族に後ろめたい不正を働いていたのですから、そういう疑心暗鬼に陥るのはある種当然です。

 

そこで隆正が自己に有利な状況を作り出すために利用したのが労働組合でした。上記は2013年の国際興業の労働組合の機関紙ですが「全国際労協の力を結集し、外資サーベラスを必ずたたき出そう!」となかなか激しいタイトルになっています(笑)

 

この記事の中ではサーベラスによる八重洲富士屋ホテルなど多数の従業員を抱える事業の切り売りを厳しく批判し、他方で隆正(文中では小佐野社長)をそれに対峙する従業員の味方と捉えて支えていくスタンスが示されています。このように隆正はサーベラス管理下の国際興業において従業員に対して

「リストラを進めて創業者が作り上げた会社を切り売りして解体しようとするサーベラスから、会社の一体性を保持して従業員の生活を守る創業者一族代表」 

というイメージを演出することに努めます。そして実際国際興業では、従業員が創業家である小佐野家への忠誠心に厚かったため、労働組合が激しくサーベラスを攻撃するようになります。

 

その結果、労働組合とサーベラスの関係は大幅に悪化し、あたかも小佐野一族全てを代表しているかのように振る舞ったことで労働組合を実質的にコントロールする力を持つ隆正無くしては、社内がまとまらなくなります。 このように隆正は「サーベラスVS労働組合」の対立を煽る中で、創業者一族に強い忠誠心を持つ労働組合を実質的にコントロールできる力をサーベラスに示すことで立場を維持することに成功しました。

 

. 労働組合に対する裏切りと小佐野匠入社妨害

 

こうした隆正の行動自体は別に一つの経営者としての選択であり、本来必ずしも非難されることではありませんが、問題はこうして演出して作り出した隆正のイメージに実態が全く伴っていなかったことです。

 

隆正は言っていることとやっていることが真逆で、表で会社を守る労働組合の味方のような顔をして、その実、裏では自分の都合しか考えない会社の分割案をサーベラスに提示しており、完全に労働組合を裏切っていたのです。 


具体的には、隆正は労働組合にサーベラスを激しく攻撃させているさなかの2011930日、サーベラスに対して

「(自分の)人生設計を考えた結果、浜2(最終的に800億円で売却された浜松町2丁目の遊休地)と帝国株(860億円超で売却された帝国ホテルの株式)、Kyoya3000億円内外の価値があるハワイのホテル群を保有する法人持分の一部)のみ欲しく、その他はすべて要らない」

と発言し、実際にサーベラスに対して具体的分割案の提示まで行っていました。この発言は、同年106日の国際興業常勤取締役による会議の記録に隆正のサーベラスに対する発言として残され、当該会議の記録と提案書に関しては本件訴訟で証拠提出され、隆正らも交渉上の発言とはしつつもその発言等の存在を認めています。

 
59

要するに、

「(組合員が沢山いて、経営する努力が必要な国際興業や富士屋ホテルといった)主要な会社は要らないのでサーベラスさんが持って行ってください、その代わり不動産や株式のように寝ていてもお金になるものだけは“私の人生設計のために”私にください」

ということを要求していたわけです。表では組合員に対して切り売りに反対して会社の一体性を守っているふりをしつつ、裏では自分の都合でサーベラスに従業員らを完全に見捨てる形で事業分割、いわば「離婚」を提案していたのですから、明らかな裏切りです。

 

更には、サーベラスが退出を強く意識するようになった2012年以降、隆正は国際興業関係の会社や資産の買取りを、主に税務面やコンプライアンス上の問題からサーベラス支配下の国際興業より提案・要請されるようになりますが、隆正は1つの会社を除いて、全て買取りを拒否しました(この1社は匠の登場で親族でもある当該会社社長を敵に回すことを恐れ急遽翻意して買取ったと言われています)。以下に幾つか事例を示します。

===================== 

(1)英子氏居宅の買い取り拒否・追放画策問題 

国際興業の創業者(賢治)夫人の英子氏は長年「迎賓館」と呼ばれる国際興業保有の邸宅に居住していた。隆正はこの「迎賓館」についてサーベラスから時価50億円での買い取りを提案された。この時先に227億円強の配当金を国際興業から受領していた隆正(正確には彼の資産管理会社)はこの施設を買取るのに十分な資力を有していたが、頑なにその買取りを拒否し続け、それどころか国際興業として英子氏に退居を求める訴訟を提起することを社長として認めた。この訴訟はサーベラス退出後に取り下げられることになったが、仮にこの「迎賓館」を隆正が50億円で買取れば、その50億円が国際興業に還流することになり、結果としてサーベラスからの国際興業買戻し資金として使えるものだった。


(2)八重洲富士屋ホテル買い取り拒否

先に示した労働組合機関誌が「従業員の切り捨て」と売却を非難した八重洲富士屋ホテルに関しても、実はサーベラスが隆正に買い取りを提案していた。この取引こそ、彼が本当に「従業員の守護者の創業者一族」であるならばまさに受けるべき取引であったにも関わらず、頑なに買取り提案を拒否し続け、最終的に外部に売却されることになった。この問題でサーベラスは労働組合から激しく突き上げをくらったのだが、この時本当に責められるべきは隆正であった。この買取り資金も、当然隆正から国際興業に還流する為、国際興業にとっては勿論、サーベラスからの買戻しを行うつもりがあれば、本来は隆正にとってデメリットのない取引だった。

 

(3)その他地方交通関係事業者の買い取り拒否

サーベラス退出間際に売却されてグループ外へと去ることになった山梨交通、岩手県交通、秋北バス、十和田観光電鉄といった企業に関しても、隆正はサーベラスから買い取り提案を受けていた。国際興業からするとこれらの取引は浜松町の土地の巨額な売却益に生じる課税に対応する損取りが大きな目的だったと思われることから非常に僅少な金額で買取ることが可能だったにも関わらず、隆正はやはり買取りを拒否し続けた。
===================== 


 

これらの例からもわかるように隆正は、国際興業から吸い上げた私財を決して国際興業に還流することなくひたすら確実な蓄財に努め、「最終的にサーベラスからの国際興業買い戻しをしない」、要するに「サーベラスが国際興業の資産やグループ会社の切り売りを進めても座視し続け、確実に先に手にした227億円超の配当金を私財化し続ける」という選択肢を保持し続けようとしました。

従業員たちは、隆正が実はこうした提案を受けていたことも、更には裏でそうした台詞を吐いていたことも知らないなか、サーベラスが勝手に資産切り売りを進めていると思ってくれていたわけですから、この流れで全て切り売りされたとしても、隆正は最後まで被害者を振る舞い続けることで、自分の名誉が保たれると考えてもいたのでしょう。また個人的な感想ですが、(1)に関しては創業者夫人にも関わらず無償で株式を全て奪われたばかりか、長年の居宅からの退居を求める訴訟を実は甥の裏切りで起こされていた1928年生まれで高齢の英子氏のことを考えると、何ともやるせない気持ちになります。

 

このように隆正は「国際興業における唯一の小佐野家」という特性を最大限生かして、労働組合を操作しサーベラスが簡単に自分を切り捨てられない状況を作り上げ、その上で創業者一族のさらなる排除を進め、自らの“人生設計”に基づく利益を最大限拡大するように画策しました。

しかしこの、「隆正しか小佐野家がいない状況」が、小佐野匠がサーベラスと連携して20138月に国際興業に入社することで唐突に崩れます。
隆正は匠の入社をなんとしても阻止しようと画策し、労働組合をけしかけてサーベラスと匠に圧力をかけようとします。実際以下の国際興業傘下労働組合連絡協議会の畠山議長(組合委員長)の談話では、匠の入社をサーベラスの策略と捉え強烈に批判しています。

 

12

しかしながらこの時隆正はすでに労働組合を裏切ってサーベラスに対して会社の分割案を提案している状況で、一方で匠が隆正の意図的な不作為によるそうした会社の切り売りを止めるために入社を試みるという真逆の状態でした。それも知らず隆正とその取り巻きの求めに応じて懸命になってサーベラスと匠への攻撃をしていた労働組合員が気の毒でなりません。 

いずれにしろ
20138月に小佐野匠が入社して隆正の対抗馬が生まれたことにより、隆正は「唯一の小佐野家」という立場が失われそれまでのように好き勝手ができなくなり、実際に匠の入社が事実上確定していた20136月末の株主総会では、隆正の取締役としての任期はサーベラス側の提案で半年間に制限されました。要するに、半年以内にサーベラスからの買戻しを決断しなければ、隆正はクビになる状況に追い込まれたわけです。そして、隆正が2011年秋に会社に代えてでも欲しいと言っていた浜松町の土地は20141月に日本生命に約800億円で売却されることになります。

 

これにより、従前行ってきた帝国ホテル株式や八重洲富士屋ホテルの売却で獲得した資金とあわせてサーベラスに支払う1400億円の実質的な自己株買いの資金が用意でき、隆正もクビがかかって追い込まれたことで、サーベラスの国際興業からの引き上げが決まったわけですが、一方でこれ以降国際興業の株は事実上100%隆正に帰属することになり、実権を握った隆正は匠を徹底的に干しているという現状です。

 

また多くの従業員も未だ隆正の経営の実態と会社乗っ取りの経緯を知らず、匠は隆正の言うところの「会社を経営危機に陥れた政邦の子」として敬遠されている状況です。隆正は、小佐野家の正統な後継者であることをアピールするためか、2001年に政邦氏が亡くなると国際興業やグループ会社の主要な執務室に創業者の賢治氏と並んで政邦氏の写真を飾るように自ら指示しておきながら、2004年にサーベラスの支援を受けることになると急遽、政邦氏を自らの経営失敗のスケープゴートにすることにし、政邦氏の全ての写真を引き摺り下ろさせるといったこともしていますので、国際興業の「公式見解」的には100%株主の隆正に責任を問えない以上、「死人に口なし」の政邦氏に責任を押し付けているという背景があります。

 

匠としては「国際興業が小佐野家の元に戻った」という意味では喜ばしいことなのでしょうが、一方で経済的利益は全て隆正に持っていかれ、隆正を恐れる従業員にも避けられ社内で孤立しており、まさに「割りをくっている」といった状態なのですが、その状況が一旦生じることは当初より覚悟しての入社だったようです。

  

3. 娘・江未里を巻き込み後継体制構築に焦る隆正


他方で隆正の最近はと言いますと、「慶應義塾大学経済学部→早稲田の大学院で
MBA取得→レコフで7年半のM&Aアドバイザー経験→ヴァイスプレジデントまでスピード出世」という経歴で”経営者としての帝王学”を学び、社会人として実績も残してきた匠の存在を強く警戒しており、現在焦ってまだ大学を出たばかりの娘の小佐野江未里氏を巻き込んで後継体制の構築を進めています。

 

背景事情を説明しますと国際興業の株式は現在隆正一族の資産管理会社である国際興業ホールディングス(KKHD)に100%帰属しています。このKKHDは国際興業グループ内の休眠会社を改組して隆正を100%株主とする形で2004年のサーベラスの資本注入時に事実上設立されたのですが、当初その会社の役員は、代表取締役の隆正本人を筆頭に、取締役には隆正の妻と、19912月生まれで当時まだ13歳だった娘の江未里氏、監査役には隆正の母親という構成になっていました※。

 

※なおKKHDは、今も単なる隆正の資産管理会社という側面が圧倒的に強いですが、隆正の側近に元大韓航空日本支社長がいる縁からか、大韓航空系LCCのジンエアーの日本総代理店業務を行ってもいます。

 

 その後、サーベラスと隆正の関係が悪化し、2012年に入って匠に色々と嗅ぎ回られるようにもなると、隆正はなぜか一旦自分以外の家族をKKHDの役員から退任させていますが、サーベラスが退出し、匠らに訴訟を提起された2014年の末には、開き直ったのか当時まだ大学生だった娘の江未里氏を再び取締役に就任させました。

 

これに続き江未里氏が20163月に隆正と同様に6年かけて何とか慶應義塾大学商学部を卒業すると、突如隆正は何の前触れもなく江未里氏をKKHD役員として4月の国際興業入社式に登場させて自身の隣に座らせ、社員らを驚かせました。そして目下現在、江未里氏は役員や部長らを従えて子会社・営業所等を練り歩き、その姿は「大名行列」に例えられ従業員に揶揄されているようです。

 

このように隆正は匠の影に怯えて慌てて国際興業における江未里氏への後継体制を急速につくり既成事実化を図ろうとしています。噂では、20166月末の国際興業株主総会で、大学をやっと卒業したばかりで何の経験も見識もない江未里氏を、国際興業本体の取締役にも就任させようとまで画策しているようです。国際興業の取締役就任には1982年の大卒後に直接御曹司として国際興業に入社した隆正ですら4年かかったわけで(1986年取締役就任)、大卒後右も左も分からないままいきなり取締役にする、というのはいくらなんでも江未里氏にとっても負担が重く気の毒だと思うのですが、隆正はこうした動きを進めているようです。

 

もっとも、いくらこうした工作を進めたところでいずれにせよ、現在係争中の訴訟で隆正が敗訴すれば、数百億円の損害賠償の判決が出るわけで、それほどの大金を現金で支払うことは不可能でしょうから、自ずと国際興業株式の過半数が、会社の支配権とともに匠らに移動することになってしまいます。

  

いずれにしろこのまま6月末の株主総会で江未里氏が国際興業本体の取締役に就任し、本来は係争と無関係だった次世代をも巻き込んだ更なる不幸な争いに突入するのか、それとも別な形で賢明な判断が下されることになるのか、固唾を飲んで見守りたいと思います。

 

ではでは今回はこの辺で。