「日本企業の勝算」(デービット・アトキンソン 2020)
【評価】;
★★★★☆(★4.5:5点満点)
在日イギリス人の日本への愛に溢れた真摯な経済分析、政策提言。読んでよかった。自分の人生の指針にもなる。経済関係者は必読。
【読むきっかけ】:
・これからの日本経済の向かうべき方向性と、自分の身の処し方について考えてみようと本を探していたところ、
日本経済について内外双方の目線を持つ著者の見解を知りたくなった
【感想/寸評】:
・まず何よりも感じたのが著者の限りない日本に対する愛である。これだけ日本を愛してくれる外国人がいるのはありがたい
・ゴールドマンサックスに長く勤めたこともあり、非常に丁寧にデータを分析して、オーソドックスな枠組みで日本経済の問題を読み解いている
・とにもかくにも今日本社会に必要なのは「労働生産性の向上」という点、そのための政策として「最低賃金引き上げ」「中小企業の合併の促進」などが重要という指摘には強く同意する。
・具体的に著者は「多すぎて小さすぎる中小企業」「新monopsony(買い手有意)による従業員の交渉力不足」などを日本経済の問題を見出しているが、非常に納得がいった
・他方で著者は日本社会に深く精通しているものの、それでも限界があり、ところどころ「ん?」と首を傾げるような箇所がある。
・特に日本人のキャリア形成と適合しないような分析や提案にそれを感じ、☆半分を割り引いた。
・ただ日本の雇用慣行は独特すぎるので、むしろこうした著者の感覚を受け入れることが日本社会にとって必要なのかもしれない。
・あとはやや中小企業庁の影響力を過大評価しているきらいがあるが、メッセージを伝えやすくするために意図的にそうしているのだろう。
・総じてみれば現下の日本経済の問題を分析する本としてこれ以上の本に出会うことはおそらくないと思う
【論旨】
<問題認識>
・日本は今後数十年、世界でも突出したスピードで人口が減る
・生産年齢人口が減る一方で、猛烈な勢いで高齢化も進む。
・このような中でも社会保障を維持するためにはGDPを少なくとも現状維持しなければならない
<生産性の重要性>
・GDPは「生産性×人口」で決まる
・人口が減るならば、生産性を上げなければ経済の規模は維持できない。
・日本はすでに貧困率も高く、生産年齢人口減少も進むとなると、どの先進国よりも大きく生産性をあげなければ先進国1の貧困大国になる
<アベノミクスの評価>
・国全体の生産性を上げるには二つの方法がある。
・一つは「労働生産性を上げること」、もう一つは「労働参加率を高めること」
・この観点で安倍政権がしたことは「女性の労働参加を促すことで、労働参加率を高める」ということだった
・2011年から2018年の間、生産年齢人口は618万人減ったのに、労働者数は371万人増加した。
・そういう意味では評価できるが、すでに女性の労働参加率も男性に近い水準まで上がってきており、これ以上の向上はあまり望めない
<労働生産性の向上の必要性>
・従ってこれから国の生産性を上げるには、いよいよ労働生産性の向上に取り組まなければならない
・計算上、2060年に2018年と同じGDP(560兆円)を維持するには、全体としての生産性を1.3倍、生産年齢人口の減少を加味すると労働生産性を1.7倍に引き上げる必要がある
・労働生産性は「人的資本の生産性」「物的資本の生産性」「その他(全要素性先生)」に分けられる
・アメリカと日本を比べると、日本は人材が0.8倍、全要素生産性が0.66倍となっている。この問題をなんとかしなければならない。
<全要素生産性と人的生産性の問題>
・全要素生産性は経営者の能力に左右される。つまり日本は経営者の能力が平均的に低い
・また人的生産性という面でも、日本の従業員は専門的スキルやロジカルシンキングが弱いということが知られている。これは大学教育に問題があることを示唆している。
・日本は人材投資が非常に少なく、リスキリングができていない。
<日本は企業が小さく多すぎる>
・日本経済の問題は小さい企業が多すぎることである
・研究によれば大企業と小さい企業の生産性の違いの8割は規模で説明できる。いわゆる規模の経済(+範囲の経済)である。
・例えばアメリカに比べれば日本では従業員20人未満の企業で働く人の割合が20%で、アメリカのほぼ倍
・先進国で生産性が低い、イタリアやギリシャも同じ特徴を持っている
・実際各都道府県の生産性と企業の平均規模の相関係数は0.83で非常に強い関係がある
<日本で中小企業数が増えた理由>
・日本は戦後猛烈な勢いで人口が増えたので、生産性は二の次にしてでも雇用を増やす必要があった
・そのため、中小企業を保護して雇用を増やす方針が取られた。これは人口が増えているうちは合理的だったが、代わりに非効率な産業構造が生まれてしまった
・実際日本で中小企業の平均規模が下がり始めたのは1964年以降のことである
・人口が減り始めた今、その産業構造が日本を苦しめている
<中小企業政策は不要>
・生産性が高いデンマークは中小企業補助政策は実質的にない(代わりに失業保険やリスキリングが充実)
・例えば市場の失敗のような理由もないのに「中小企業は銀行から融資を受けるのが難しいので、信用保証をつける」というような政策は中小企業の成長をかえって阻害する
・なお日本で中小企業基本法が定められ、中小企業政策が本格化したのは1963年である。
→*著者はこの法律の影響をあえて過大評価しているように思う。
<低すぎる最低賃金は究極の中小企業支援策>
・日本は中小企業のために最低賃金が低く抑えられている
・日本の人材は本来優秀である。そのような人材が安く使えることで、経営者は投資をせず、工夫もしなくなる
・また賃金が安いので、起業するコストが下がる。その結果小さい企業がさらに増える
・企業が小さいと研究開発費も捻出できない。小さい企業は投資できないので、最先端技術を使いこなせない。人が優秀なら尚更だ。
・日本では計算ができる人を安く使えたので、キャッシュレスの投資が進まなかったのがその一例だ。
・結果業界としても生産性が上がらなくなる
<新モノプソニー(Monopsony)>
・「雇用側が労働者に対して相対的に強い交渉力を行使し、割安で労働力を調達することができる」環境をmonopsonyという。
→*まさに氷河期の日本で起きていたこと
・monopsonyは以下のような観点で生産性向上を阻害する
①企業規模の縮小、②輸出率の低下、③格差の拡大(によるデフレ圧力)、④労働市場の流動性の低下、⑤サービス業の生産性低下、⑥女性の交渉力の低下による活躍の阻害、⑦有効求人倍率の高止まり
・Monopsonyの下では最低賃金を上げても雇用は減らない。
・実際日本は2012年以降に最低賃金の引き上げ幅を上げても雇用はむしろ増えた。
<monopsony大国日本>
・日本はmonopsonyの特徴をほぼ兼ね備えている
・政府は外国人労働者の拡大で、monopsonyを続けようとしているがやめた方がいい。賃金を上げるべきだ。
<竹中平蔵批判???>
・本来日本では1990年から企業の「monopsony」の力は低下するはずだったが、むしろ強くなった
・これは規制緩和によって非正規雇用が増えて、雇用側の交渉力が伸ばされたからだ。
・雇用の規制緩和をするなら本来は最低賃金引き上げと同時に進めなければならなかったのに、それをしなかったので立場の弱い人が安く使い潰された
<経営者の問題>
・日本は経営者の能力を兼ね備えた人の数に比して、企業が多すぎるという構造的な問題がある
・「中小企業の経営者=経営能力が低い」という言説は受け入れ難いが事実である
・経営者は経営者の資質にみあった企業規模しか持てない
<日本企業に対する4つの教訓)
・企業が増えるほど経営者の(平均的な)質が下がる
・賃金が低いほど経営者になるインセンティブが高まる(そしてさらに小さい企業が増える)
・企業規模は経営者の能力を映す鏡
・大学教育の質が経営者の質を左右する
<日本が向かうべき方向性>
・中小企業政策は、中小企業を保護するのではなく、最適な規模にまで成長させる方向に切り替えるべきだ。中小企業庁は企業育成庁にせよ
・経産省は社会保障を維持するための生産性の水準を計算し、業種別に落としこむべきだ
・最低賃金はあげるべき
・中小企業の合併を促すべき
・日本にはポテンシャルがある(勝算がある
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